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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)9760号 判決 1975年12月24日

原告 板倉豊

被告 小田急建設株式会社

右代表者代表取締役 野村専太郎

右訴訟代理人弁護士 佐々木秀雄

右訴訟復代理人弁護士 近藤利信

主文

一  被告は原告に対し、金二〇〇万三二〇〇円及びこれに対する昭和四六年一一月二八日からその支払の済むまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一申立

(請求の趣旨)

一  被告は原告に対し、金六四四万円及びこれに対する昭和四六年一一月二八日からその支払の済むまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

(請求の趣旨に対する答弁)

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二主張

(請求の原因)

一  当事者

1 原告はその内縁の妻である訴外加藤ユキの個人企業である訴外三友設備の従業員であり、昭和四六年一一月二七日当時、右三友設備が元請会社の訴外武蔵野工業株式会社から下請した東京都新宿区戸山町四三番地所在「都営戸山ハイツ三〇号棟建設工事」現場(以下「本件工事現場」という。)内で、右建物の外面配管工事に従事していた。

2 当時、被告も右建物の建築工事を元請会社として請負い、訴外株式会社木田工務店が下請会社、訴外有限会社有田工務店が被告の孫請会社であって、訴外大庭弘吉は右有田工務店の従業員であった。

二  事故

1 昭和四六年一一月二七日午後三時一〇分頃、右建物八階部分で建築工事に従事していた前記大庭弘吉が誤って右部分の足場板(長さ四メートル、幅二五センチメートル、厚さ三センチメートル、重量約二〇キログラム)を落下させたため、同足場板が折しも右建物四階部分窓枠の建物外壁部分に足を掛けて外面配管工事に従事していた原告の左足に激突した(以下「本件事故」という)。

2 その結果、原告は左足部挫滅創、第二中足骨複雑骨折、外傷性骨萎縮の傷害を負った。

三  責任

1 被告は民法第七一五条による使用者責任を負う。

(一) 本件事故は訴外大庭が足場上での作業にあたって、足場板を建物及び足場に完全に固定していなかった上、誤って右足場板に付着していた油を踏みつけて滑ったために発生したものであり、大庭にはこの点につき事業執行に関する過失がある。

(二) 而して右大庭はいわゆる出稼人であって危害防止・安全保持のための注意力が不十分であったのに、被告はこれに対して十分な安全保持のための教育をしていなかった(労働基準法第四九条第一項、第五〇条違反)。

(三) 被告は、建築工事を施工する際に要求されるところの工事現場での危険物の落下防止及び作業員の墜落防止のための上部階と下部階との間の遮断板ないしネットを設備していなかった(労働安全衛生規則第一〇八条、第一二二条―昭和四七年改正規則第五三七条―)上、危険区域の立入禁止を明示するロープ張り、又は手すりの設備、上方解体作業中であることを明示する立入禁止の掲示を怠った。

(四) 本件事故当日、本件工事現場四階には被告の安全監視員がいなかった。

(五) 訴外野口薫は本件事故当時、被告の被用者であってかつその安全管理責任者であったが、以上(一)ないし(四)の事実につき事業執行に関する過失責任がある。

(六) よって被告は、前記大庭の元請使用者及び右野口の使用者として民法第七一五条に基づく不法行為責任を負う。

2 被告は民法第四一五条に基づく債務不履行責任を負う。

被告は本件工事現場の安全委員会委員長として前記工事責任者訴外野口薫を選任していた。而して原告は本件工事現場で安全規則を遵守して作業に従事していたのであるから、被告は本件工事現場の安全を保持し、作業員たる原告を危険から守るべき債務を有している。被告が右安全管理義務を怠ったことは本項1(一)ないし(四)記載の通りであるから、被告は原告に対し、民法第四一五条に基づく債務不履行責任を負う。

四  損害

1 休業補償 金五〇万円

原告は本件事故による前記の傷害により、本件事故発生日である昭和四六年一一月二七日から昭和四七年一月一九日まで社会保険中央綜合病院に入院し、その退院後も昭和四七年六月一五日まで同病院に通院することを余儀なくされたが、右七箇月間の休業により、平均月収一八万円中労災保険によって填補された額を控除した残額の一箇月あたり金七万二〇〇〇円、即ち七箇月間で合計五〇万四〇〇〇円の収入減となった。その内金五〇万円を本訴で請求する。

2 逸失利益 金三六〇万円

原告は本件事故当日まで約一五年間、強健な体力の要求される配管工としてビル工事現場で水道、暖房、ボイラー設置等の作業に従事してきており、その平均収入は一箇月一〇万円であったが、本件事故によって左足に運動障害の後遺症が残り、以後重労働ができなくなった。本件事故による原告の労働能力喪失率は二〇パーセントとみるのが相当であり、原告の稼働可能年数は今後二〇年と見うるから、右労働能力の一部喪失による逸失利益は合計金四八〇万円によるところ、その内金三六〇万円を本訴で請求する。

3 慰謝料 金二三四万円

原告は本件事故による負傷のため、前記の通り入通院を余儀なくされたほか、運動障害の後遺症が残存するために従来の労働能力の一部を喪失したり、生活に不自由を来す等の不利益を被り、その精神的苦痛は甚だ大であるので、これを償うための慰謝料は金二三四万円を相当とする。

五  よって原告は被告に対し、右損害金合計六四四万円及びこれに対する被告の不法行為の日の翌日である昭和四六年一一月二八日からその支払の済むまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求の原因に対する認否)

一  請求原因第一項は認める。

二  同第二項の1のうち、訴外大庭弘吉が原告主張の日時に足場板を落下させたこと及びその頃原告が本件工事現場で作業していたことは認めるが、右足場板が原告の左足に衝突したことは否認し、原告の作業内容の詳細を含むその余の事実は知らない。

同項の2は否認する。

三  同第三項1のうち、(一)は否認する。

(二)も否認する。当時、本件建物の建設・設備双方の請負業者間において定期的に、安全管理者及び各業者毎に一名ないし二名の現場工事関係者が参加する安全連絡会議が開催されていた。

(三)も否認する。本件事故当日、八階部分コンクリート枠の取外し作業中であったので、被告は本件工事現場の一階及び五階の各入口部分に規則通り青黄二色の安全ロープを張って危険である旨及び立入が禁止されている旨を表示していた。原告の主張するような遮断板及びネットの設備がなかったことは認めるが、これらは鉄骨組みの場合に必要とされるものであるから右工事に際しては不必要なものである。

(四)も否認する。

(五)のうち、訴外野口薫が被告の被用者であって安全管理責任者であったことは認めるが、その余は否認する。

(六)は争う。

本項2は否認する。

四  同第四項はすべて否認し、同第五項は争う。

(抗弁)

本件事故当日は八階部分のコンクリート枠取外し作業中であったから、被告は前述の通り危険・立入禁止の旨を表示をなしていたほか、右作業を行なうことを事故前日に原告側に通告していた。原告は右取外し作業が当日施工されることを知っていたのであるから右危険区域に立入るべきではないのに、配管工として長い経験を有していながら被告に何ら連絡せずに本件工事現場に立ち入って下部階の外壁に関する作業を行なったという過失がある。

(抗弁に対する認否)

否認する。本件事故当日、本件工事現場八階部分のコンクリート枠取外し作業は行なわれておらず、立入禁止・危険の表示も、原告に対する被告の作業の通告もなかった。又、原告は本件工事現場での作業に際し、正規の保安帽及び作業服を着用し、現場の上下・左右の危険性に十分注意していたから、原告に過失はない。

第三証拠関係≪省略≫

理由

一  当事者について

請求原因第一項の事実については当事者間に争いがない。

二  本件事故について

1  昭和四六年一一月二七日午後三時一〇分頃、東京都新宿区戸山町所在の都営戸山ハイツ三〇号棟建設工事現場において、訴外有限会社有田工務店の作業員であった訴外大庭弘吉が右建物外側の足場から足場板を落下させた事実自体については当事者間に争いがない。而して≪証拠省略≫によれば、当時大庭は本件工事現場において八階のコンクリート型枠解体の作業をしており、七階から工事現場では普通ビティと呼ばれている足場を伝って八階へ行こうとしてビティと建物窓枠との間にさし渡されていた足場板に足を踏み出した途端、右足場板がビティから外れてこれと建物との間を落下した事実を認めることができ、他方≪証拠省略≫によれば、たまたまその時本件工事現場四階のうち、八階右部位の真下にあたるところで、原告が建物の窓枠部分に足を掛けて外部消火栓立管配管工事に従事していたところ、落下してきた前記足場板が原告の左足に衝突した事実を認めることができる。

証人大庭は、足場板は水平状態のまま落下し、これを地表に達するまで見ていたが誰にも当ることはなかった旨供述するが、≪証拠省略≫によれば、大庭はその時、ビティへ渡りかけた途端に足元の板が落下したために大声を上げてビティのパイプにしがみついて辛うじて墜落を免れ、すぐに建物の窓の部分へ飛び移った事実が認められるから、このように一命を失いかねない切迫した状況の中で数秒間冷静に足場板の行方を見定めていたとは考えられない上、≪証拠省略≫によれば右足場板は長さ四メートル、重さ一八キログラムに及ぶものであることが認められ、また足場板が足場から落下するというのは、水平位置の両端の支えのうちどちらか片方が外れたということが原因としか考えられないが、このような場合前記の重さ・長さの足場板が水平の姿勢を回復してそのまま落下することは物理上もあり得ないと思われるから、証人大庭の供述は到底措信できず、他に前記認定を覆すに足りる証拠は存しない。

なお本件事故当日配管作業に従事した人数につき、証人谷田及び原告本人は二名であったと供述するが、他方≪証拠省略≫には当日稼働していた配管工は三名であった旨の記載があり、証人大庭、同加藤及び同曽我正はいずれも右記載内容に副う証言をしているから、原告本人らの二名という供述は必ずしも心証を惹く訳ではないが、右の一事をもってしては本件事故当時、原告が本件工事現場四階部分において外面配管工事に従事しているうちに本件事故に遭遇した旨の前記認定を左右するに足りない。また前記足場板が建物とビティとの間を――水平でないことは前示のとおりとして、――どのような状態で落下したかという点については本件全証拠によっても必ずしも明らかではないが、以下の判断には右落下の一事をもって十分であると言わなければならない。

2  ≪証拠省略≫によれば、原告は本件事故によって左足部挫滅創・第二中足骨骨折・外傷性骨萎縮の傷害を負ったことを認めることができ、右認定に反する証拠は存しない。

三  被告の責任について

1  訴外大庭が足場板を落下させたことは前記認定の通りである。原告は、大庭が足場板に付着していた油を踏みつけて滑り、そのために足場板を踏み落としたと主張するが、右事実を認定するに足りる証拠はない。しかしながら、およそ足場板を高所から落下させることは極めて危険であり、足場上での作業にあたってはかかる事態を引き起すことのないように十分に注意すべきであることは言うまでもない。而して証人大庭は「とにかく歩いていたら落ちたのだ。」と供述しているから、右足場板は元来ビティへの連結固定が不完全であったところ、大庭が連結状態を確認することなく不用意に足を乗せたためにその一端が支点から外れたものと推認することができる。してみれば既にこの点において、右注意義務を怠った大庭の過失は明白である。

2  そこで次に右大庭と被告との関係について判断を要することになるところ、大庭は被告の直接の被用者ではなく、被告のいわゆる孫請会社である訴外有田工務店の従業員であることは当事者間に争いがない。しかしながらその関係についていま少し仔細に検討してみるに、≪証拠省略≫によれば、被告は東京都から都営戸山ハイツ三〇号棟の躯体工事及び仕上工事を請負い(なお都営戸山ハイツにおいて被告が工事を請負ったのはこの三〇号棟のみである。)、その工事をすべて下請を使って施工していたため、被告は右三〇号棟の本件工事現場では各工事業者・下請業者の長ともいうべき存在であって、被告の現場事務所において毎月三回の工程打合せ会議を主宰し、各現場・下請の工程を報告させてこれをまとめ、全体の工事の段取を定めて工程打合せ会議の毎にこれを工程表として各業者に配布し、作業の指示をなして各下請に徹底させていたほか、被告の現場事務所では毎日各下請の親方・職人の稼働状況をチェックして工事全体の進行を管理し、殊に工程外の工事をする場合には必ず職人に対する被告の具体的な指示によって作業を進めさせていたことが認められる。また殊に本件工事現場における安全保持の点については、同じく≪証拠省略≫によれば、被告は同じくその現場事務所において毎月三回の安全会議を主宰し、本件工事現場における安全施設及び危険防止の諸設備の設置並びにこの点に関する監督官庁への届出等は一切被告がこれを行ない、また被告の現場主任である訴外野口薫は前記安全会議のまとめ役として各下請に注意や被告からの伝達事項を伝え、事故の際には責任者として必要な指示をするなどして本件工事現場における総括安全責任者とされていたこと等の諸事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠は存しない。

以上の事実によれば、被告は各下請業者及びその従業員に対して工事施工及び安全保持の点について具体的な指揮監督権を有していたのであって、少なくとも本件工事現場において躯体工事の下請業者・孫請業者は被告の手足に等しく、本件工事に関しては被告と一体の関係にあったものと言うことができる。してみれば本件の場合、民法第七一五条の適用にあたっては、被告の下請業者・孫請業者の従業員も同条にいう「被用者」にあたるものと解するのが相当である。而して大庭に過失があること前述の通りであり、これは被告の事業執行に関する過失であると見るべきことも明らかであるから、大庭の選任監督(なお≪証拠省略≫によれば、大庭はいわゆる出稼人であって本件工事現場における稼働初日に本件事故を惹起したものであることが認められ、その危険防止・安全保持のための注意力は甚だ不十分な状態にあったことが推認される。)に関する被告の無過失について何らの主張立証のない本件にあっては、訴外野口薫の事業執行上の過失を云々するまでもなく、被告は既にこの点において使用者責任を免れないものと言わなければならない。

四  原告の過失について

1  被告は、原告にも本件事故当日、コンクリート型枠解体作業中であることを知りながら本件工事現場に立ち入って作業をした過失があると主張するので、次にこの点について判断する。

まず≪証拠省略≫によって、本件事故当日にコンクリート型枠解体工事が行なわれていたことは明らかであるが、この点に関する原・被告間の連絡については、≪証拠省略≫によって、かねて原告は工程打合せやコンクリート打ち工事に立会っていたこと及び原告の元請であった訴外武蔵野工業株式会社は被告から渡される工程表の下請への周知徹底に努めていたことが認められるほか、原告本人も当事者尋問に際して、本件事故当日上部階で解体作業をやっていることは知っていたと供述している。しかしながら同じく≪証拠省略≫によれば、およそ設備工事は建築工事の流れに沿うものであって、コンクリート工事に追随し、ある程度これと併行しつつ、漸次下部階からその工事がなされるものであることが認められ(る。)≪証拠判断省略≫してみれば配管工等設備関係の職人にとって、およそコンクリート工事が施行されている場合には設備関係の工事をしてはならないという注意義務があるものとは解されないから、本件事故当日に原告が本件工事現場に立ち入って配管工事に従事していたこと自体をもって直ちにこれを原告の過失であるとすることはできない。

2  配管工事の施行予定時期については、成立に争いのない乙第一八号証の一には屋外配管工事は本件事故当日より一箇月以上後である昭和四七年以降に行なわれることになっていた旨の記載がある。しかしながら本件事故当日の躯体工事の進捗状況は八階のコンクリート打ちをした後、その型枠を解体する作業が行なわれている最中であったこと前述の通りであるにもかかわらず、右乙第一八号証の一では本件工事の屋内配管工事が昭和四六年一〇月にすべて終了したという記載になっていることや、本件工事の実施状況が当初の予定より往々にして遅れがちであったことはいずれも≪証拠省略≫によって明らかであるにもかかわらず、右乙第一八号証の一では工事計画を示す線と実施状況を示す線があまりに一致しすぎていることなど疑念を抱かせる点が多く、到底信用できかねるものであると言わなければならないから、右乙第一八号証の一によっては原告が本件事故当日工程外の工事をなしていたと推認することはできない。証人田中の供述(第一回)もまた同様であり、他に右の如き事情を認めるに足りる証拠はない。

3  しかしながら、およそ建設工事現場における作業に種々の危険が伴っていることは明らかであり、ことに上部階でコンクリート型枠解体作業が行なわれている場合物が落下して来る可能性があることは容易に予期しうるところである。従って設備関係の専門職人も、かかる状況下にその下部階で敢て作業をなす場合には、ある程度その危険を予期すべきものであると考えられる。この観点からすると、本件の場合当日原告が本件工事現場四階の当該部位で配管作業をしていたこと自体を注意義務違反という意味での過失と見ることができないのは前述の通りであるが、上部階でコンクリート型枠解体作業がなされていることを承知しながら原告は本件工事現場で自己の作業を進めていたのであるから、原告自身にも過失があり、それが事故発生に寄与したものとして、その割合に応じ損害額からの控除をなすのが当事者間の公平という見地から見て相当であると考えられる。而して当裁判所は本件事故の場合の原告の関与割合を、前述した大庭の明白な過失等の諸般の事情を考慮してこれを二割とするのが適当であると判断する。

4  なお被告は、本件工事現場に立入禁止・危険という表示をなしていたと主張するが、一般にこの種の表示は工事関係者以外の者を対象にしているものであると解されるから、設備関係の専門職人として常時本件工事現場に出入りしている原告が自分の作業のために右表示のある本件工事現場に立ち入ったとしてもこれをもって直ちに原告の過失であるとすることは相当でない。また≪証拠省略≫によれば、昭和四六年八月二四日に本件工事現場の設備工のうちに保安帽の着用に協力的でない者がいたことを認めることができるが、これからそのほぼ三箇月後である本件事故当日に作業中の原告が保安帽を着用していなかったと推認することはできないし、かつ保安帽の着用の有無は本件事故による原告の左足部の負傷との間に何ら因果関係を有しないものである。

五  損害について

1  そこで進んで原告が本件事故によって被った損害について判断する。

まず休業損害について検討するに、原告が本件事故によって左足部挫滅創等の傷害を負ったことは前示の通りである。而して≪証拠省略≫によれば、原告は右傷害によって本件事故の日である昭和四六年一一月二七日から翌昭和四七年一月二七日まで社会保険中央総合病院に入院し、その後同年六月一五日に一応治癒とされるまで同病院に通院していたこと及び同年八月に東京厚生年金病院で左第二・三趾に運動障害が残っているが症状は固定して以後治療の効果はないと判断されたこと等の事実を認めることができる。従って本件事故のあった昭和四六年一一月二七日から約七箇月間にわたって原告は就労することができず、その間の収入を失ったものと推認できる。

そこで本件事故に至るまでの原告の収入について検討するに、原告が訴外三友設備の従業員であることは当事者間に争いのないこと前述の通りであり、≪証拠省略≫によれば、原告は昭和四六年一月から五月までは一箇月あたり五万円ないし六万円、同年六月から一一月までは一箇月あたり一八万円の収入を得ていた事実を認めることができる。(ちなみに、訴外三友設備の代表者である訴外加藤ユキが原告の内縁の妻であることは当事者間に争いがなく、また証人谷田稔の証言によれば右三友設備の従業員は原告の他には右谷田のみであったことが認められる上、≪証拠省略≫によれば、原告は自己の名義をもって訴外武蔵野工業株式会社に対して工事代金を請求し、これを受領していたことが認められるから、前記三友設備の実質的代表者はむしろ原告であると解するのが相当であるが、この事実は原告の収入に関する前記認定に何ら消長を来すものではない。)もっとも右認定によれば原告の収入は月によって大差を生じることになるが、≪証拠省略≫によれば、三友設備のような零細設備業者においてはその月の請負注文の多寡によって収入となる工事代金も相当変動することが認められるからさして異とするにはあたらない上、同じく≪証拠省略≫によって原告は本件工事の下請を請負って後はこれによって経常的に一箇月一八万円の収入を挙げていたことが認められるから、本件事故による傷害がなければ、原告は昭和四七年六月までの期間において一箇月一八万円の収入を得ていたものと推認することができる。≪証拠省略≫は原告が一日あたりの平均賃金を算出した根拠を示すに過ぎないから右認定を左右するに足りず、他に右認定に反する証拠は存しない。なお≪証拠省略≫によれば、≪証拠省略≫記載の給与額はいずれも源泉徴収前の数字であることが認められるが、所得税等は原告の国に対する関係で清算されるべきものであり、被告の原告に対する損害賠償責任額には何らの影響をも及ぼすものではない。

従って原告は前記七箇月間の休業期間中に合計一二六万円の収入を喪失したと言うことができる。而して右金額のうち一箇月一〇万八〇〇〇円の割合によって労災保険から填補を受けたことは原告の自陳するところであるから右部分を控除すると、未だ填補されていない原告の損害は一箇月あたり金七万二〇〇〇円、前記七箇月間で合計五〇万四〇〇〇円となる。ここで前項記載の本件事故に対する原告の関与割合二割相当額を控除すると残額は金四〇万三二〇〇円となるが、これは原告の一部請求額五〇万円を下回るから、これを全額認容すべきものである。

2  次に原告の逸失利益について検討するに、原告は本件事故による傷害によって労働能力の二〇パーセントを喪失したと主張している。確かに原告の左第二・三趾の運動障害は固定してもはや治療の効果はないと診察されたことは前記の通りであり、また原告本人尋問の結果によれば、原告は右傷害のため、常におのずと左足をかばう体勢となるため重労働をなすには不安が残る状態であり、また労働基準監督署から一四級の後遺症の認定を受けた事実を認めることができる。

しかしながら同じく原告本人尋問の結果によれば、原告は現在、訴外三建設備株式会社の下請の配管工として配管作業に従事したり、若手配管工の指導をしたりすることによって一箇月一八万円の収入を得ていることが認められる。即ち右金額は本件事故以前に原告が得ていた収入のうち最も高い金額と同額である。してみればその間の諸物価の上昇を考慮に入れても、原告に労働能力の一部を喪失したことによる得べかりし利益の逸失があると見ることはできない。従ってこの点に関する原告の主張は失当である。もっとも、原告は本件事故によって重傷を負ったために重作業が困難になり、熟練配管工としての技術を十分には生かせなくなり、そのために将来に危惧の念を抱いていることは理解しうるところであるが、この点は慰謝料において斟酌すべきものである。

3  慰謝料については、原告が本件事故による傷害によって二箇月間の入院とほぼ五箇月間との通院治療を余儀なくされたこと及び前段で言及した通り後遺症によって技術職人として将来の稼働可能性に不安を抱かざるを得ない状況にあることは前述の通りである。これらの事情及びその他弁論に現われた諸般の事情を考慮して、原告の精神的苦痛に対する慰謝料は金二〇〇万円をもって相当と認める。そして原告の前記過失を斟酌して二割を控除すると被告に請求しうる金額は金一六〇万円となる。

4  結局、原告が本件事故による損害として被告に請求しうるのは前記休業補償及び右慰謝料の合計二〇〇万三二〇〇円にとどまる筋合である。

六  結論

以上を綜合し、原告の本訴請求中、二〇〇万三二〇〇円及びこれに対する本件事故の日の翌日である昭和四六年一一月二八日から右完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるからこれを正当として認容し、その余は理由がないから失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を各適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 倉田卓次 裁判官 井筒宏成 西野喜一)

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